お伽草子



太宰 治の作品は、走れメロスくらいしか読んだことがなかったのですが、最近いろいろ買い集めて読んでいるうちに嵌ってしまいました。なぜ今まで太宰の作品を読まなかったかと言えば、太宰が自殺をしたということがずーっと心の奥で引っかかっていて読む気にならなかったのです。しかしここにきて、いまだに読み継がれている作品にはそれなりの魅力があるのだろうと思い、まず「人間失格 」を読みました。何とも切なく暗い話なのですが、話にいつしか引き込まれていました。自分史を小説の中に織り込んであからさまに語っているところがなかなかうまく、悩み多き青年たちを引き付けたのではないかと思うのです。太宰の文章は一文が長く、次から次へと言葉がほとばしり出てくるところが流石です。「人間失格」を読んだ後、「斜陽」、「晩年」などを読み、今回の話題である「お伽草子」を手にしました。この作品は昔話を太宰流に作り直したもので、なかなかおもしろい。カチカチ山、舌切り雀、瘤取り、浦島さんなどよく知られている昔話に新たな視点を加えています。例えばカチカチ山は、中年の狸が16歳の兎に惚れる話になっていて、話が何ともしっくりと合っていてすんなりと話の中に入っていけます。人物設定というか動物設定がなかなか妙を得ています。
本の前書きによれば
「五歳の女の子が、もう壕から出ましょう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段は絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切り雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。
この父は服装もまずしく、容貌も愚かなるに似ているが、しかし、元来ただものでないのである。物語を創作するというまことに奇異なる術を体得している男なのだ。
 ムカシ ムカシ のお話ヨ
などと、間の抜けたような妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのずから別個の物語がうん醸せられているのである。」とあります。
この作品は太宰の中でも秀逸と思います。この冊子には他に西鶴の「新釈諸国噺」から取った話などもあり読ませてくれます。出家した男の「吉野山」、聊斎志異の中の一篇である菊を育てる「清貧譚」などもなかなかおもしろい。
「富士には月見草がよく似合う」の一節で有名な「富嶽百景」も好きな短編のひとつですね。
 
【 太宰 治 】(1909年-1948年)
青森県北津軽郡金木村に生れる。大地主の父津島源右衛門、母夕子との間に生まれた11人兄姉中10番目の子供である。本名は津島修治。東大仏文科中退。在学中、左翼運動に関係するが、脱落。銀座のカフェの女給と鎌倉の小動崎で心中を計るが、自分だけが助かってしまう。1935(昭和10)年、「逆行」が第1回芥川賞の次席となり、翌年、第一創作集『晩年』を刊行。この頃、パビナール中毒に悩む。1939年、井伏鱒二の世話で石原美知子と結婚、平静を得て「富嶽百景」など多くの佳作を執筆する。戦後、『斜陽』などで流行作家となるが、過労と乱酒で結核が悪化する。『人間失格』を残した後、連載中の「グッド・バイ」などの草稿、妻への遺書、子供たちへのオモチャを残し、懇親的な看病をした山崎富栄と玉川上水で入水自殺。

太宰治資料館(渡辺芳紀)
・・・太宰治に関するホームページは多数ありますが、このページは資料が豊富で優れていると思います。 
太宰治記念館「斜陽館」・・・五所川原市にある記念館で、太宰が少年期に過ごした実家であり部屋が19室もある豪邸です。
 記:2008/2/18