ゲド戦記と龍



世界の三大ファンタジーとして「指輪物語」「ナルニア国ものがたり」そして、今まで読みたいと思いながらなかなか手が出なかった「ゲド戦記」がある。アーシュラ・K・ル=グウィン、1929年アメリカのカリフォルニア州バークレーに生まれた女性作家の作品だ。読もうと思ったきっかけは今年の夏にスタジオジプリが映画化するという話を聞いたからだ。宮崎駿監督の長男である宮崎吾朗さん(39歳)が監督する第一回作品になる。見る前に読むというのが僕のいつもながらのスタンスである。この本は読み出したら止まらない、期待通りの物語だった。女性らしい細やかな感性で書き綴っている。ナルニア国物語が子供向け物語だとすれば、このシリーズはもっと大人向け物語と言える。ゲド戦記は初め3巻で終わりと思われていたが、時を経て4巻、5巻、別巻と出版される。原本では4巻と5巻の間に別巻が発行されていたらしいが、日本では別巻が最後に翻訳された。この配置は読み終えてみると、なるほどと思う。30余年の歳月をかけての力作である。
ゲド戦記は魔法使いのゲドが主人公と思うとそうでもない。各巻で主要となる新たな人物が登場してゲドとの関わりの中で物語が展開していく。人間だけではない、全体の物語を通して龍が大事な役割を担っている。龍と人間は昔ひとつだったという設定が根幹にあるからだ。そして物語全体に貫かれているキーワードが「言葉の力」である。魔法、森、心、苦悩、生死、喜び、戦い、平和、語り伝えなどがその中に織り込まれて物語の深みを増している。

【 ゲド戦記 】(岩波書店)
1.影との戦い     (原作1968年 邦訳1976年)
2.こわれた腕輪 (原作1971年 邦訳1976年)
3.さいはての島へ (原作1972年 邦訳1977年)
4.帰還 (原作1990年 邦訳1993年)
5.アースシーの風 (原作2001年 邦訳2003年)
別巻・ゲド戦記外伝 (原作2001年 邦訳2004年)
ゲド戦記に限らず龍を題材にした物語は世界各地にある。龍の形こそ、蛇に近かったり、翼が生えていたり、足があったり無かったりと微妙に違いはあるものの、架空の動物「龍」に対する想いは似ているところが多い。人間を超えた力と知恵を持ったもの、あるいは逆に田畑を焼いたり人間を苦しめる恐ろしい動物として登場してくる。善悪二面を持った動物である。民話「龍の子太郎」(松谷みよ子作)に出てくる龍、「エルマーのぼうけんシリーズ」(ルース・スタイルス・ガネット作)に出てくる龍。スサノオが退治する「八岐大蛇(やまたのおろち)」は「水を支配する竜神」を退治することにより治水を象徴的に表す物語であり、暴れ狂う龍と適度に雨を降らせ農民を助ける龍という善悪二つの面を持たせている。中国では権力のシンボルとして、インドでは釈迦を守るナーガ、ギリシャのドラコーン(するどく視るものの意)そして中世ヨーロッパのドラゴン。そんな魅力的な龍にスポットを当てたのが荒川紘さんが書かれた「龍の起源」(紀伊国屋書店)である。この本は世界を駆け巡って龍がどのようにして人々の脳裏に現れてきたかを追求している。その他に昔話という視点から書かれているのが、福音館書店発行の「いまは昔むかしは今」(6巻本)の中の「第1巻 瓜と龍蛇」(値段が高いのが惜しい。8400円なり!)である。
現代でも龍の神話が残っている中国の桂林地方では、動物の骨らしきものが出土すると、「龍骨」(鎮静剤、精神安定剤)と称して薬屋に並べられている。山水画の風景そのままの漓江(りこう)下りをしていると龍がいてもおかしくないと思えてくるから不思議だ。
架空の動物「龍」に込めた人々の思いは、その時代を反映していると言えるだろう。

 (記:2006/4/12)