薄明の中の天体


金星食(1989/12/2)
西空に太陽が傾く。沈んだ後、すぐには暗くならない。夕焼けは時々刻々と色を変えてゆく。星が全天を覆う真っ暗になるまでの薄明かりの頃を薄明(twilight)と呼んでいる。この間約2時間、天文ショーが繰り広げられる。細く欠けた三日月と惑星たちとの競演である。太陽に近づく彗星もこの時間帯に見ることが多い。薄明かりが地上の風景を影絵のように見せている。このときほど、地球と他の天体との一体感を感じる時はない。
 これらの天体との出会いで印象深かったのが1989年12月2日の金星食(右写真)だった。三日月の下にちょうどイヤリングのように付き添った金星は何とも美しかった。天文学者はこんな些細な現象には注意を向けないのだろう。ただの感傷に過ぎないと。しかし素人にはこれぞ忘れがたき天文現象であり、一生眼に焼きついて離れない出来事なのだ。これを一人で見るのはもったいないと思い、近くの知人に電話で知らせる。後ほど感動で興奮した様子の電話が返ってきて、知らせて良かったと思った。当時、金星食を見て天文に興味を持つ人が大勢現れた。
月と惑星のこういう現象があるときは惑星を探すのも容易になる。日頃どこにあるのか分からない人でも月を目印にすぐに探せるからだ。眼で見るだけでも美しいし、惑星を望遠鏡で拡大して見ることもできるという思わぬ収穫がある。
 月と惑星の組み合わせだけでなく惑星たちの集合が多々ある。「惑星直列」、そんな言葉を耳にしたことがあるだろうか。この言葉はノストラダムスの大予言が世間で騒がれていた頃一番流行った言葉だろう。ただそのときは一万年に一度というグランドクロスという直列とは違った惑星配置が問題にされていた。当時の国立天文台からの天文ニュースでは次のように報じられていて、マスメディアの騒ぎに大いに迷惑していたようだ。ブラッドフィールド彗星(2004/4/25)

1999年8月12日 国立天文台・天文ニュース(282)
グランドクロスとは、天文学で定めた用語ではなく、それについては何の定義もされていません。ですから、天文台としては、上記の質問に答えようがないのです。はっきりしたことはわかりませんが、聞くところによると、グランドクロスは占星術で定められたものらしく思われます。占星術では「おひつじ座」、「おうし座」・・・など、いわゆる黄道十二宮を定めています。一方、太陽、水星、金星、・・・などの天体は、時期により、十二宮のどこかの星座に属することが決まっています。そして、グランドクロスは、二つずつ間をおいた四つの星座にこれらの天体のすべてが含まれる状態をいうらしく思われるのです。たとえば、1999年8月18日には、木星、土星が「おうし座」に、太陽、水星、金星が「やぎ座」に、火星、冥王星が「さそり座」に,天王星,海王星が「みずがめ座」に属する。これをたとえば北側に遠く離れて太陽系を見たとすれば、各惑星などは地球を中心として十字の方向に配置される形になる。これをグランドクロスというらしいのです(この説明は、ことによるとぜんぜん間違っているかもしれません)。たしかに、この時期の惑星の配置を見ると、無理に見れば,十字形に見えないこともありません。
インターネットで探すと、グランドクロスについてさまざまな記事があります。しかし、いつがグランドクロスであるかについては、いくつもの日付が示されていて、はっきりしません。上記の8月18日はその中の一例です。しかし、この日1日だけがその条件を満足するわけではないようです。惑星の配置は、2日や3日で大きく変わることはありません。
いずれにしても、占星術の計算法は天文学とは違っていますから、天文学でその時期の計算はできませんし、その意味するところもわかりません。ただ言えるのは、惑星が十字形になろうと,八字形になろうと,直列しようと、地球に何らかの異変が起こることなど、科学的な立場からはまったく考えられないということです。ノストラダムスの予言と同様に、グランドクロスで何かが起こるというのは、無意味な迷信にすぎません。一部のマスメディアがこのグランドクロスを取り上げたことで,国立天文台は多大の迷惑をこうむっています。
惑星直列(1982/3/10)
 惑星直列が見られたのはそれより前の1982年3月だった。そのときの写真は無いがステラナビゲーターでシミュレートしてみた(上図)。薄明中でもあり、惑星達もあまりにも広がり過ぎていたので直列というイメージには程遠かった。とくに天王星、海王星、冥王星はだいぶ暗いので肉眼だけでは無理である。西空での明るい月と火星・土星・木星の集まりと、東空での水星・金星の二手に分かれていた、そういった印象だけが残った。それでも朝早く起きて近くの物見山まで行ってみるとかなり肌寒い日だったが何組かの家族が来ていて一生懸命に惑星たちを探していた。探しているうちにあたりは白み始め、何だこれが惑星直列かとがっかりしたのを覚えている。金星食に比べると感動は薄かった。惑星直列(2002/5/21)
 全部の惑星とはいかなくても数個の惑星が近くに揃い踏みするとそれは見ごたえがある。それも明るい惑星たちが集まれば尚更だ。月・金星・木星接近(2005/9/7)左の写真は火星・金星・木星が接近したときで地平線近くには土星も見えていた。右の写真は月・金星・木星の接近の様子である。このときは西から黒雲が湧いてきたため「これは駄目かな」と思っていたら、しばし雲が切れてその姿を見せてくれた。夕焼けと黒雲もその場の雰囲気を出していると思う。
 
 薄明には3つの名前が付けられている。市民薄明のときはまだ外の景色が見えていて昼間の後始末ができるくらいの明るさを持っている。夕食の準備などで買い物に出かけることが多い時間と言える。この時間帯と次の航海薄明の時間帯が月と惑星の接近などを見る機会が一番多い。航海薄明は海上で地平線が見分けられる限界で特に船乗りにとっては大事な薄明かりであり、この地上が見える最後の時間帯までに船の位置の測定などを行なうことが多い。天文薄明が終わると肉眼で6等星まで見える暗さになり本格的な天体観測ができるようになる。
薄明は天文学上、太陽が地平線下何度に達したかによって次のように定義されている。すばると月の接近(2006/3/5)

市民薄明(太陽が地平線下6度まで)
航海薄明(地平線下6度〜12度まで)
天文薄明(地平線下12度〜18度まで)


薄明は天体観測の前哨戦的な役割を果たすが、色に関して言えばこの時間帯の方が様々な色変化を楽しむことができる。山に天体観測に行ったときなど、星雲や星団の撮影前にこんな光景を楽しんでいる。こういう光景はどうしても夕方の方が明け方に比べて見る機会が多い。朝見るのは眠気との戦いで、よほどその気にならないと結構辛いものがある。それでも朝早く眼が覚めてしまってパソコンでメールチェックなどをしているときにふと外を見てこんな光景を眼にすることがある。そんなときはあわててカメラを持ち出して撮影することも多い。
記:2006/7/22