虚数の情緒



高校生の息子が、倫理の先生から「ぜひ読んでみなさい」と紹介されたこの奇妙な題名の本に興味を示した。どんな本か分からないが読みたい時が一番と考えネットで購入した。息子は1/3くらい読んでそのままにしていたので、それでは先に読んでみるかと読み始めたら止められなくなってしまったのだ。数式がかなり出てくる本であるのに情緒という変わった名を付けているのに惹かれながら。
 内容的には自然数、整数、有理数、小数、無理数、虚数、複素数、素数、三角関数、指数、方程式、確率、微分、積分、オイラーの公式、力学、振動、電磁気学、相対性理論、量子力学、場の量子論、哲学、野球、宇宙の歴史、音楽の十二平均率など数え上げればきりがないほど広い範囲をやさしく丁寧に説明している。そういえば大学のときに「スミルノフ高等数学教程」(全12冊)を読んだときにその丁寧さに関心したものだった。当時、日本の本はどこかいじわるで難しいことを砕いてやさしく懇切丁寧に説明してくれる本がなかった。どこかこの本に似ているところがある。
 この本の副題が「中学生からの全方位的独学法」。中学生から読みこなせるような内容で高等数学、最先端物理学まで解説している。京都大学の工学博士である著者の吉田武さんは、ある事を勉強するのにはその教科(例えば数学)の暗記をするのではなくて、回りくどくても自分で考え導き出すところに意味があるという。現在の教育はひどく細分化し、それぞれの学科をその範囲内で教え学ぶというシステムがとられていることに問題があると説く。数学をやるんだとその科目を我武者羅にするのではなくて、他の広い範囲を同時に見る必要があるというのだ。
吉田さん曰く、

西洋の一元的な見方を数直線に譬えれば、東洋のそれは「複素平面」、大小を超越した「虚数」の世界にある、と云えよう。「虚数の情緒」とは、この意味なのである。世界が西洋流の合理主義一色で染められようとしている今こそ、我々は本来持っていた多元的な見方を蘇らせ、雨の日をたのしむ術を「対立と克服」ではなく「調和と包摂」を旨とする東洋的知性の存在を知らしめねばならない。

学問の世界でいえば、分けられないものをあえて分割して狭い学問としていることに問題があるという。教える側も学ぶ側も、意識的に全方位的に物事を見て考える習慣が必要であるという。この意見には全面的に賛成である。天文学者であり、物理学者であり、数学者であり、音楽家であり、スポーツ選手であり、同時に詩人であることは可笑しなことではなく、これこそが自然なのだと思う。それにしてもこの本は左写真のように1000ページという超分厚い本である。はじめはこの厚さに圧倒されてしまうかもしれない。しかも数学や物理の話題が大半を占めている。しかし読み始めると、どんどん引き込まれていくのだ。実際のところ3週間で一気に読み終えたのだった。
もう一つ、今話題になっている「博士の愛した数式」(小川洋子著))は、この本の初級編として読むとおもしろいと思う。
2006/1/22 記