メロスが見た星


 

本の名前がいい。副題の「名作に描かれた夜空をさぐる」の通り、星と文学の関わりを探り、そこに描かれた星空案内をしているのが今回紹介する「メロスが見た星」だ。著者の一人である蛯名博さんは、はじめに「この本は、大人になっても”星の記憶”をまだ失っていない、かつての少年少女の皆さんのために作りました。」と述べている。そして「あわただしい時代だからこそ、逆に歩みを止めて立ち止まり、風の音を聞いたり、星空を眺めたりする、そんな静かな時間がとても貴重なもののようにも思われるのです。」と。
蛯名博さんは高校の国語の先生。そして「実際の星空案内」をえびなみつるさんが担当している。文学を鑑賞した後に実際の星空を見る、そんな趣向がなかなかいい。
取り上げられている作品は多岐に渡ってる。太宰治の「走れメロス」から始まり、賢治、朔太郎、稲垣足穂、谷川俊太郎、椎名誠、手塚治虫、清少納言、李白、新約聖書、日本書紀、論語など、現代から古典までの約30作品を選んでいる。もちろん、付随した記述を含めると扱っている作品はそれを超えている。
ぼくの好きな作品としては、「二十億光年の孤独」(谷川俊太郎)、「山月記」(中島敦)、「星めぐりの歌」(宮沢賢治)、「火の鳥」(手塚治虫)、「空と風と星と詩」(尹東柱)などがあるが、ほとんどの作品が魅力的だ。それらの本を改めてじっくりと読んでみたいと思う。二十億光年の孤独についてはコーヒーブレイクで以前に書いているのでそちらをお読みいただきたい()。
 えびなみつるさんは、本文の中で「現代の私たちは、美しい星空を見ながらロマンチックな気分になることさえ許されないのです。これを知恵の悲しみと言います。」と巨大望遠鏡やロケットによる科学知識の増大による科学の負の側面を述べた後、「でも・・・」と立ち止まって考え直す。「どんなに科学が進んでも、美しい星空の下に一人立てば、古代の人々の心に近づくことはそれほど難しいことではないのです」。星空を眺めている一人としてその通りだと思う。
「メロスが見た星」に登場する天体も多岐に亘る。太陽(日食)、月、流星、彗星、惑星、すばる、天の川、恒星、星座などなど。
 走れメロスを書いた太宰治が一時滞在していたという御坂峠へは一度訪れたことがある。「富士には、月見草がよく似合う」(富嶽百景)と書き残した地からは残念ながら霧で富士は望めなかったが文学のイメージが想像を掻き立てて、あそこに富士が綺麗に見えていたんだと、太宰と同じ心境を味わいながら感慨にふけっていたのを思い出した。文学は情景を目の当たりに見せてくれる魔力とも言える魅力を持っている。それが星に関係してくると、尚更想像が想像を呼ぶ。そんなメルヘンの世界を味わわせてくれたのがこの本「メロスが見た星」でした。この本の二人の著者は兄弟であり共に星好き、そして同世代(ぼくは1948年生まれ)というのもうれしい。この本を掲示板で紹介してくれた星の迷子さんに感謝、感謝です!
メロスが見た星(名作に描かれた夜空をさぐる)
  祥伝社新書 2005年11月5日初版


【著者略歴】
蛯名 博:1949年、宮城県生まれ。高校時代に天文部に所属し、天体写真に熱中。都立葛飾商業高校国語科教諭。
えびなみつる:1951年、宮城県生まれ。イラストレーター。著書に「星を見に行く」、「天体望遠鏡を作ろう」、「はじめての天体観測」などがある。月刊天文ガイドでエッセイ「星の絵はがき」連載中。



もうひとつ紹介したい本がある。文学とは関係ないが、イラストレーターである吉沢深雪さんの「星見るしあわせ」。この本は、「はじめて星空を楽しんでみようかな、でもどの本がいいんだろうか?」と考えている方に最適なエッセイだと思う。深雪さんご自身の体験から書かれた本なので分かりやすい。その筋の専門家が書くとどうしても硬い内容になってしまい勝ちであるが、この方は星の専門家ではないので、かえって素人にもわかりやすく書いている。深雪さんは「星浴のススメ」ということばを使っているが、星に癒されるという雰囲気をよく表していると思う。イラスト&エッセイの著書も豊富で、料理から雑貨、インテリアなど幅広い分野で活躍している。

吉沢深雪さんのホームページ
(記)2005/12/20