生命とは



寝床の小窓を通して大きな粒の雪が斜めに降り過ぎて行くのが見える。朝方から水を多く含んだ牡丹雪が降り出したのだ。暮れから今年にかけて初めての雪である。あたりは雪景色に変わったが積もりそうな雪質ではない。15時過ぎには雨に変わり雪景色もあっという間に消え失せてしまった。私と言えばここ数日、薬の副作用で下痢状態が続いている。食べると腹痛が伴い、食物はそのまま体をすり抜けていく。体力が落ちてしまい 、寝ていることが多くなった。そんなとき一冊の本を手にした。「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)。現在、青山学院大学教授である福岡伸一さんのベストセラー本である。福岡さんは分子生物学の旗手である。科学的書物は得てして二つのタイプに分かれる。読みやすくするために物事を単純化して列挙してあたかもその方面の知識を得られるように構成したものがひとつで、もう一方は数式も交えて本格的な説明を施したもので、理解するために専門知識を前提としているものである。その中間の書物にはなかなか出会えない。福岡さんの本は、そのめずらしい中間を行くものである。やさしい言葉を使いながら、専門用語も交えて事の本質をごまかすことなく追求している。「生命とは何か?」がこの本の主題である。詳しくは本書を読んでいただくことにして、そこに流れている思想を少し紹介しようと思う。中でも特筆すべきことは、生命を機械論的に細かく分解していってそのミクロな世界をデカルト的に解釈すればそれでマクロの世界をすべて言い表せるといったことに疑問符を投げかけていることである。現場の研究者だけに説得力がある。機械には時間という概念が無い。ところが生命は逆戻りできない一方通行の時間軸を持って常に流動しているということである。生命を分子レベルで見るとき、動的な平衡状態ということが重要である。
「私は一人のユダヤ人科学者を思い出す。彼は、DNA構造の発見を知ることなく、自ら命を絶ってこの世を去った。その名をルドルフ・シェーンハイマーという。彼は私たちが食べた分子は、瞬く間に全身に散らばり、一時、緩くそこにとどまり、次の瞬間には身体から抜け出して行くことを証明した。つまり私たち生命体の身体はプラモデルのような静的なパーツから成り立っている分子機械ではなく、パーツ自体のダイナミックな流れの中に成り立っている。」
物理法則に「エントロピーの法則」というのがある。熱秩序を表したもので分子レベルで見ると物事は常に無秩序に向かって増大していくというものだ。その法則からすれば、生命というまとまりのあるものを維持することは不可能になる。そこに生命のひとつの不思議がある。そんなことを考えながらいつの間にか夢の世界をさまよっていた。
 記:2008/12/23